本当の自分を表現する大切さ

 昨年亡くなられた小説家の田辺聖子さんの体験談にこのようなものがあります。

田辺さんが女学生の時、万引き欲求が消えないという衝動に襲われ、ご自身ではどうすることもできずにいたところ、ある頃から、小説家のマネごとを始めてみて、急にその症状が消えたというものです。

 

 人(特に自我の確立の段階にある子ども)は「本当の自分」として生きたいという思いから、時に、一般的にはよくないことと取られてしまうような形で自分を表現することがあります。これは既存の枠組みやルールを突き破るような行為、ぶつかる行為によって自分の形を見出そうとする心の働きと考えられます。

 

 一見すると大人側からはただ困ってしまうような行為が繰り返される時、その奥には(分からないけど何か違うんだ)(モヤモヤしているだけでよく分からないから、行動がぐちゃぐちゃしちゃうんだよ)という子ども側の心の声がもれ出た形であることも多いものです。言葉で説明してほしいところですが、こればかりは心の奥深いところから発せられる、存在そのものについての対決課題なので、大人であっても言語化するのは難しいかもしれません。なんとか言葉にしようとして、問題の本質とまっすぐには関係のないこと、例えば「なになにが嫌だから」「だれだれがどうだったから」など、周囲と共通理解できそうな理由にまとめてみて言葉にしてくれることもあるでしょう。またそのように理由をどこかにつないでみることで、このモヤモヤのつじつまを合わせて自分自身の気持ちも落ち着くよう試みることもあります。これは悪いことではなく、自然な心の働きです。また、この一連の表現は、一人一人が本来の自分をつかみ、ひとつの人格を持った人間として一歩一歩踏み出していく過程において、とても重要で貴重な作業でもあります。

 

 さて、田辺さんはこの時、小説家のマネをしてみたらその衝動が治まりました。「小説」は一つの自分の表現です。言葉で説明しきれない自分自身を、物語を書くという形で表現する、つまり外に出してあげることで、新たな自分を知ることができたのでしょう。これは田辺さんの心にとって有用な表現方法でした。このような自分の表現は小説に限らず、絵や詩、音楽、ダンス、演劇、スポーツなどさまざまな方法があります。共通点を挙げるとすれば、その人にとって大好きなこと、情熱を感じること、心がワクワクすることなどがあると思います。心の奥の何かに掻き立てられるような感覚を持つ人もいるかもしれません。この本当の自分を表現するという行為は、生きていくのに不可欠な行為であり、誰にでもある大切な欲求なのです。

 

 これは子どもに限らず、大人にも言えることです。大人だって時には、自分の中の何かが暴れて荒れたり、理由が分からないまま心がモヤモヤしたりうつうつとしてしまうこともありますよね。

 カウンセリングでは、そんな心の声に耳を傾けるお手伝いもできたらと思います。今まで気づかなかった大切な何か、本当の自分の声が見つかるかもしれません。

畠山 貴美

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