落ちて着く

根っこと翼 vol.8

 植物の種が発芽する様子を丁寧に観察すると、地中に植えられた種の中に胚胎している胚根と呼ばれる根っこの元みたいな部分が、まず一番初めに種の皮を破って外に出てきます。根っこが最初に作られるのです。杯根はゆっくりと重力にしたがって下へ下へと伸びていきます。この地中にほんの少し差し込まれた小さな根っこの元を基軸にしながら、胚軸と呼ばれる茎の元や、胚葉と呼ばれる葉の元は、ゆっくりと立ち上がり、茎や葉として重力に逆らって成長していきます。下方向に向かう動きと上方向に向かう動きとは、このような順序で植物の成長を作り出します。

 ところで、日本財団が2022年に行った「18歳意識調査「第46回 国や社会に対する意識(6カ国調査)」報告書」によると、「自分の将来が楽しみである」という項目や「多少のリスクが伴っても新しいことに沢山挑戦したい」という項目に「はい」と回答した日本の若者(17~19歳男女)の割合は6ヶ国(日本・アメリカ・イギリス・中国・韓国・インド)の中で最下位でした。国際的に見て、日本の若者たちが将来に希望を持って上方向に伸びていこうとする意志や動機が相対的に低い様子がうかがえます。一方、同じ調査で、「日々の生活で不安やゆううつを感じる」という項目に「はい」と回答した日本の若者の割合は、65.3%で第1位でした。前回話題にした憂うつな気分を感じる若者が今の日本には相対的に多いことがうかがえる結果です。

 憂うつな気分は、「根張り」の時間を作り出すということを前回ご紹介しました。気持ちが下方向に向かい、動くことを止め、安心や安定を作り出そうとする心の動きです。なぜ、今の日本の若者は、将来への希望という上方向に心が向かうのではなく、不安や憂うつという下方向に心が向かうのでしょうか。

 ここでもう一度植物の話題に戻りましょう。観葉植物や庭木など植物の植え替えをした経験のある方はおわかりかと思いますが、植え替えられてしばらくの植物は、葉や枝の伸長を止め、場合によっては葉が落ちたり枯れてしまったりすることがあります。新しい土壌に適応しようと根張りに集中するためでしょう。葉や枝の成長や維持にはエネルギーが向かいにくくなります。そうです。ここでも、やはり根っこが先なのです。

現代の日本の若者の心が、相対的に不安や憂うつといった下方向に向かっている理由、それは、植物の植え替えと同じく、新しい環境に適応しようとする心の動きだと考えられます。新しい環境で落ちて着くための下方向の心の動きだ、と。新しい環境、それは様々な表現ができるでしょう。経済的な発展が限界に達した状況とも言えるでしょうし、グローバル化が十分に進んだ末の社会状況とも言えるでしょう。あるいは、従来の理念や価値観では対処できない社会課題(自然環境破壊、経済格差、人権問題など)が先鋭化した状況と表現してもよいかもしれません。ともかくそうした新しい環境=土壌への植え替えが、知らず知らずのうちに進んでいくことで、日本の若者の心は下方向に向かう必要に迫られています。

(次回に続く)

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