スマート化と心の痛み<その1> ~スマートな傷~

 新型コロナウィルス感染症をめぐり、時代はどんどんとスマート化を促進させています。接触のないコミュニケーションを目指し、手続きの電子化、仕事の在宅化、教育のオンライン化など、様々な変化が加速的に進んでいます。

 翻ってみれば「ネット社会」という言葉があまり特別な意味を持たなくなってきたほど、インターネットは私たちの日常にすっかり浸透しきっています。パソコンやタブレット、スマホといったいわゆる情報端末はもちろん、ゲーム機や自動車、時計や家電までもが、インターネットに接続されるような社会になってから、もうしばらく時間が経ちました。

 いまやスマート化はAI(Artificial Intelligence; 人工知能)化の道を突き進んでいます。技術開発の最先端では、予め想定されている問題や課題だけでなく、問題や課題をAI自らが設定したり創造したりして、それをさらにAI自ら解決するにはどうすればよいかという難題にも取り組まれています。技術的特異点(Technological Singularity)という言葉もいろいろなところから聞かれるようになりました。これまでは小説や映画の世界だけの話だと思っていた、AIが人間の知能を凌駕するということも、そう遠くない未来に現実化するかもしれません。

 こうしたSFのような壮大な未来の物語ともつながっているスマート化の動きではありますが、ここで立ち止まって改めて現在の私たちのコミュニケーションとスマート化との関係やそこに生じる問題について時間をかけてじっくりと考えてみたいと思います。いつの時代も、時代の大きな変化というものは、良いことばかりを運んでくるわけではありません。そこには必ず、つらいこと、苦しいこと、大きな痛みや傷もまた連れてきます。私はカウンセラーという立場として、こうした時代の変化に対して、ただ手放しで喜ぶばかりではいられません。そこに伴う深刻な痛みに耳を傾け続ける責務があります。こうした痛みを通して、私たちの社会が突き進んでいるスマート化の流れを真摯に考えてみたいと思うのです。


 「スマートフォン」「スマートメディア」「スマートウォッチ」「スマートテレビ」といった言葉に代表されるように、現代は「スマート」という言葉に溢れています。ところで、「スマート(smart)」という英単語には、2つの全く違う意味があるのをご存知でしょうか。1つは皆さんよくご存知の「賢い、利発な、鋭い、素早い」といった意味です。「スマートフォン」とか「スマートメディア」とかという時の「スマート(smart)」はこちらの意味です。

 一方で「スマート(smart)」にはもう1つ全く違う意味もあります。それは、「痛み」とか「傷」とか「苦しみ」といった意味です。ずいぶんと「スマートフォン」などとはかけ離れた、関連のなさそうな意味です。しかし、語源的に言うと、実はこちらの方がメインの意味で、そもそも「スマート(smart)」とは決してポジティブな意味ではありませんでした(「smart」の語源は古ゲルマン語「smertanan(傷つける)」)。

 しかし、現代の私たちの「スマート」をめぐる生活をよくよく吟味してみると、一見関連なさそうな、この「痛み」「傷」「苦しみ」といったもともとのメインの意味が、現代社会において新たな意味合いを帯びて立ち戻ってくるのを感じるのは、私だけでしょうか。

 大人も子どもも、有名人も一般人も「スマホ」の中の炎上や差別、ヘイト発言などで深く「傷」ついています。「スマ婚」を目指して「苦しんで」いる独身男性、独身女性の声も切実です。「スマート」な体型を維持するため老若男女多くの人が文字通り身も心も削るような「痛み」を抱えることがあります。

 「スマート」という文明の利器は、いったい何を「傷」つけているというのでしょうか。

(次回に続く)

畠山正文

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